鹿谷勲 奈良・まつり旅

長年の奈良民俗に関するフィールドワークの成果をまとめています

大和モノまんだら (9) 手風呂 -紙漉きの辛さを癒す一瞬の暖-

>> PDFファイルをダウンロード <<    (Mac OSX用 Firefoxをご使用の方へ)

________________

手風呂 ー紙沸きの調さを願す一瞬の暖ー
文・写真 鹿谷 勲  題字 松本碵之

紙漉きと小さな暇
職人の働く姿を好んで描いた芝木好子さんに「和紙を漉く町」という作品がある。
関東の手漉き和紙として古くから知られた埼玉県の特産小川紙のことを記した紀行文だ(『日本の伝統美を訪ねて』一九七四所収)〝和紙を「この清らかであたたかいもの」と呼ぶ著者が、初めて目にする和紙作りを、人の動きに視線を合わせながら、歴史や現況も含めて巧みに描き伝えている。
火の気のない仕事場で、冷たい水に手をつけて紙を漉く女性の姿を見て「ゴムの手袋をはめて漉くわけにはゆきませんか」などといささか素人つぽい質問をしたりするが、「手の凍るときは小さな鍋に湯が入れてあって、ここであたためるしかない」とも記している。

漉き手の辛苦
紙漉きは家単位で夫婦を中心に行われる。漉くための下ごしらえは男がするが、肝心の漉く作業は普通女
性が行う〝上質紙は特に寒い冬に漉かれる)冷たい水に手をつけて行う作業の辛さは`<際良県の紙漉き産地である吉野町国栖地区に伝えられる作業側にも現れている。 〽わたしや紙漉き主ゃ筏乗り  おなじ商売冷たかろ 〽紙屋紙屋と好んで来たが  こんなおとろし商売か 〽国柄の紙漉き三年したら  髪は辛苦で皆抜けた 漉き手の女性の辛苦は、冬の長時間の水仕事なのだ。芝木好子さんが初めての見学で、漉き舟のそばにある小さな鍋を見落としていないのはさすがだ。紙漉きの研究書や工程を記したものを見ても、漉き舟のそばに置かれた手を暖める用具に触れたものはまず無い。私も何度も訪れながら、長らく気づかなかった。"コム手袋の話は、女同士のいたわりから出た言葉だったのだろう。 手風呂 吉野町歴史資料館には、同町窪垣内で宇陀紙を漉く福西弘行さんから寄贈された小さな容器が二点収蔵されている。テブロ」い手風呂)という。 一つは小判型の桶で、もう一つは円筒状のブリキ製のものだ。桶製のものは高さ三六センチ、口径は長い方が四五センチで短い方が三五センチほどある。片方には中央が膨らんだブリキの筒が差し込んであり、ここに炭火を入れる。筒の下には網があり炭が下に落ちないようになっている。湯を注いで炭火を入れておけば、湯は冷めない。桶の厚みは二センチもあり、重厚な作りだ。手元に 上左の手風高み調 順調第ミすら炭麦十出し作筆順~~實れ具章能 (『ふるさと吉野懐古写真集』ー986より) 〝:離~ー~嬲叩丶幽ゝ離~橿原市新賀町-森村家の鉄砲風呂 置く小型の風呂なので手風呂と呼ぶのだろう。漉き舟のそばに置いて作業の途中一瞬指先をつけたり、川岸で紙の材 あ〈料となるカミソ(紙素)の灰汁出しをするときなどに用いた(左上写真参照)。 酒風呂 この小判型のテプロと同じものを丶秋田県八郎潟の南の昭和町の資料館でも見た。閉じられたままで物置と化した資料館の一隅に、使い込んだ黒っぽいサカブロ(酒風呂)があった。吉野町のものより二回りほど大きい。馬の体や脚を洗うために使つたと町教育委員会の人が教えてくれた。大きな徳利をつけて酒の燗(かん)にも用いたという。内部の円筒はやはり中央が膨らんでいるが、こちらは鋳物製だった。 『秋田県のことば』によると同じものがフロコと呼ばれて、湯沸かし器と説明が加えられている。「風炉」と漢字を当てているが、これはやはり「風呂」であろう。岐阜県では「野風呂」と呼んで、屋外での酒燗 この手風呂は、京都では現在も湯豆腐桶として作り続けられている。京都市左京枢鵬牡寺真如町の中川清司さんは、神代杉を用いた手箱などの工芸作品を手がける傍ら、桶屋「たる源」から父親が受け継いだ精巧でし漁湖ゃな湯豆腐桶を今も作り続けている。高級料亭でしかお目にかかれぬ代物だが、仕組みは同じだ。桶の中の円筒は、ドウコ(銅壺)ともテッポウ(鉄砲)ともいう。桶の底板にこのテッポウをはめ込んで、水 中川青-,司氏作の湯-豆腐桶 漏れをさせないようにするのが腕の見せ所だ。 鉄砲風呂の小型化 小判型の風呂桶に差し込んだ円筒が今もテッポウと呼ばれるように、この手風呂は「鉄砲風呂」と呼ばれた本物の風呂の一種を小型化したものだ。この鉄砲風呂は、大庄屋を務めた橿原市新賀町の森村家に残されている。「別座敷の風呂」と呼ばれて、当主も用いたことのない客用の風呂であった。森村栄氏によると湯を沸かして入れ、炭火で冷めないようにしたものだという。 鉄砲風呂を小型化して、身近に温かい湯を確保した手風呂は、炭火を熱源としたかっての「保温ポット」だ。しびれてほとんど感覚がまひした指先も、この湯のおかげで紙漉きを続けることができた。しかし最近は「古い電気炊飯器で湯を沸かしておくのがちょうどいい」と吉野町窪垣内で~陶祇紙(吉野紙)などを漉く昆布加代子さんは笑って教えてくれた。料亭での湯豆腐桶として生き延びたもの以外、役目を終えた手風呂は、処分されるか収蔵庫で静かな眠りについたが、紙漉きの冷たさは今も変わらない。 しかたにいさお 日本民俗学会会員


Written by 鹿谷 勳

9月 29th, 2012 at 2:09 am

コメントをご記入いただけます