鹿谷勲 奈良・まつり旅

長年の奈良民俗に関するフィールドワークの成果をまとめています

Archive for 10月, 2012

奈良の伝統行事 (20) 箸尾の戸立祭り

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文・写真 鹿谷 勲
箸尾の戸立祭り

箸尾の弁天さん
十月三十一日夕方、近鉄田原本線箸尾駅に降り立つ。箸尾弁財天として知られた櫛玉比女神社の宵宮の日だ。同社は前方後円墳の後円部に本殿がある。祭神は櫛玉比女命。十三世紀終わりごろに、天河弁財天を勧請したと古記は伝えている。
秋祭りにしては遅いので、寒くて戸を立てるころだというので「戸立祭り」と呼ばれる。エソ(魚)を食べたので「エソ祭り」と呼ばれていたこともある。この日、氏子である大字萱野・的場・南・弁財天の四地区からダンジリ(地車)が一台ずつ出る。落ち着いた佇まいの町並みを歩いていると、鐘と太鼓の音が耳に飛び込んでくる。狭い道をいっぱいになって進む南地区のダンジリだ。

四大字のダンジリ
大屋根と小屋根の二つの唐破風の屋根を持った通例のダンジリだが、屋根の鬼板部分三ヵ所には見事なヒノキの削り皮が長く垂れている。御幣だという。真新しいこのカンナくずがダンジリに特有の清浄感を漂わせている。軒先には紅提灯をつり、四隅には雪洞が飾られている。前には引き網が二本付いて、青年桐が引く。後部には「御寄付御礼」と書いた紙幟が挿してある。この大きなダンジリの走行を調節するのが台部に付いている大梃子一本と小梃子二本である。青年団のOBで構成する自警団の団員が方向転換をする。このあたりでは、地区によって異なるが、高校生から三十歳くらいまで青年団に属し、終えると自警団に入る。自警団とは今はあまり耳にしない言い方だが、年齢階梯による社会集団が健在なのが、この辺りの特色だ。正面には大字代表や青年団長、実行組合(農家組合)長、自警団長などが羽織袴姿で威厳をもって座っている。
このダンジリを引きながら町なかを一軒ずつ巡り、酒一升と祝儀をもらうたびに、伊勢音頭をにぎやかに歌う。
教行寺前で休憩する萱野のダンジリ、大福寺門前の的場のダンジリ、さらに参道近くに止まる弁財天のダンジリと一通り見終わったころには、すでに日は暮れてひんやりとした冷気が漂い出してきた。

宮入り
近くで夕食を済ませて再び神社へ向かうと、北に伸びる参道には、弁財天、南、的場、萱野の順でダンジリが一列に並んでいる(宮入りの順番は、宮本である弁財天を先頭に毎年不変)。境内に宮入りするためだ。拝殿では四大字の区長が羽織袴姿で提灯を持って宮入りを待っている。
七時半過ぎ、小雨の降りしきるなか、先頭の弁財天のダンジリが境内入り口に姿を見せた。ダンジリの前では青年たちが盛んに伊勢音頭を繰り返し、気勢を上げている。出発が待ちきれないように、ダンジリは小刻みに左右に動き、尻を持ち上げたりする。拝殿からはまるでダンジリが生きもののように見える。ついに綱を引いて、カープを描いて拝殿のすぐ前まで一気に突進してくる。拝殿の軒先すれすれでピタリと制止させるのが腕の見せ所だ。止まるとダンジリの上から御幣が神官に手渡され、本殿に供えられる。

伊勢音頭
区長は自地区のダンジリの宮入りの時には提灯を持ってこれを出迎える。若者たちははっぴ姿や上上半身裸のままで、「ここの館はめでたい館」「さした盃、中見て飲みゃれ 中は鶴亀 舞を舞うよ」などと代わる代わる伊勢音頭を声の限りに歌い続ける。一節歌うと、その若者を拝殿の鈴に頭を打ち付けるほど持ち上げたりする。時に全員でワッとばかりに拝殿に重なるように倒れ込む。その上から巫女が鈴でお祓いをする。その間もダンジリに乗った役員は、威儀を正したまま、熱狂する若者たちをじっと見つめている。ほぼ三十分ごとにこの「宮入り」が合計四回繰り返される。
九時十五分ごろ、最後の萱野のダンジリが宮入りを終える。拝殿では祭典が始まり、神楽が舞われる。その間も一般の参拝者は次々とお参りをして、鈴をならし、ダンジリの前では伊勢音頭が繰り返され、歌の波はいよいよ高まる。青年たちはいつしか一つの輪になり、十時を過ぎても歌声は止まない。若者の間で伊勢音頭が今もこれほど健在なのも珍しい。なにより、あふれんばかりの青年の熱気の漂う祭りも珍しい。秋冷の夜空に響く伊勢音頭を聞きながら、足腰は冷えていたが、私の心は弾んでいた。

しかたに いさお
日本民俗学会会員

Written by 鹿谷 勳

10月 1st, 2012 at 2:08 am